そんこんなで どんなもんだ


by makitohigo
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カテゴリ:コミュニケーションについて( 16 )

今日は職場の人と飲みに行った

これほどまでにないほど
有意義なものだった

最も心に刺さったものが
「コミュニケーションの難しさ」
「発信することの重要性」

結局、言わなければ伝わらない
ということ
間違いない
おっしゃる通りだと思います

ただ、やはし、しかし
発信することによるリスクを考えると
どうしても躊躇してしまう

今までの人生で
ことあるごとに
不用意な発言で痛い目を見てきた自分は
どうしても、地雷源(それは幻想かもしれないが)には踏み込めない

結局のところ
どう外堀を埋めるかということ
少しづつ信頼関係を築いた上でしか
言えないこともあるのではないだろうか
と 個人的には思ってしまった

問題はいかに信頼関係を築いていくのか だ
そこに集約されると思う

そういう意味で
今の自分の課題が明確化された

やはり どうにかして 信頼関係を築く必要はあるのだろう
それについては
受動的ではなく能動的に行動するしかないのだろう

うん 今日はほんとに勉強になった一日であった
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by makitohigo | 2009-01-21 23:13 | コミュニケーションについて
お気づきの通り スキン変えました
富士山と 夕焼けと夜空の共存と 海から顔出す一匹の魚が気に入りました
まあ要は全体的に気に入ったわけだね

さて 下期に入ったわけで
残業が解禁になる のかな
ま どっちでもいいんだけど

ほんと気使わないで下さいね
気を使われるの あまり得意じゃないんで
と うちのTM(チームマネージャ)に一言言ってあげたい

さて
いつの間にか ここんとこ 二日に一投稿というハイペース

どうせなら続けてみようと思う



気を使われるの あまり得意じゃない
だってさ

なかなか複雑なもんでね

気を使われるのは好きじゃなくて
できれば周りには我儘でいてもらいたい反面

あまりにも気を使われないと
それはそれで 嫌になっちゃうもんだから

ほんと 付き合いづらい人間だと思うよ 我ながら



でも 人間誰しも 
そこら辺の落としどころがあるんじゃないかと思う
広い狭いは別にして

人間関係の核心はここにあるのではないかと

「どの程度気を使うか」
または
「どの部分で気を使い どの部分で気を使わないか」


さぐりあいの人間関係が煩わしいのは
ここがまだ見えないからなんだと思う

真っ暗なトンネルを 恐る恐る進んで行くような そんな感覚


そして
何度も 落とし穴に落ちたり 地雷を踏んだりして
人間は学んでいくものだと思う

色んな学び方がある

落とし穴を恐れて トンネルに入ることをやめてしまう
という学び方もある

落とし穴に落ちても大丈夫のように 鎧を身につけたり変装したりする
という学び方もある

大概落とし穴はここら辺だろう と見当をつけて
どんどん進んでトンネルに入っていく
という学び方もある

善い悪いじゃなくて
いろんなコミュニケーションの方法があるってこと



どちらにせよ
「全く気を使わなくて良い関係」なんてものは信じていない

結局 人間という我儘な生き物が 共存していくためには
気遣いをしあいながら 生きていく他ないのだと思う


めんどくさいけど 仕方がない
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by makitohigo | 2008-10-01 01:20 | コミュニケーションについて

楽しいね

「楽しいね」

と言われた

その言葉を心から信じることができない自分がいる
いや、自分は楽しい 心底
心が踊っている とはこういうことを言うのだろう と思うくらい

でも
分からない
なんで相手が楽しいのか
自分はなんも面白いことなんて言っていないし
相手を楽しませるものなんてなに一つ持ち合わせいない

だから こう解釈する

「楽しいね」 って 言って くれた


そして気がつく
実は 自分にこれっぽっちも自信がないのである
普段 自分に自信があると 自分に 言い聞かせているけど
その実
自分にまったく自信がないのである


根拠がないのである
相手の 気持ちの 根拠が ないのである
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by makitohigo | 2008-09-23 02:02 | コミュニケーションについて

人間関係のジレンマ

昨日友人と話てて

人間関係のジレンマについて考えた

相手がどう思っているか ということは常に闇の中にある

全てをありのままに言葉に出来ればいいが
それは言葉というツールの限界だったり
しがらみだったり
はたまた自分自身に対する無理解から
アウトプットは常に形を変えて表出する

そして我々はこれを当然の前提として生きている

であるから我々は常に相手が本当はどう思っているのか
ということに疑いをもたなければならない状態にあるのだ

ここにジレンマが生まれる

相手が本当のことを言っているのなら・・・
でも、それが本心からではなかったら・・・

疑心暗鬼と言ってしまうとオーバーな感じはするが
人は常にこのジレンマを抱えて生きていかなきゃならないんだろうな
と思う


話は少し変わる
言葉に関連して

以前どこかに書いたが
人間は言葉に価値を必要としている
でなければ円滑に物事を進めることができないからである

だから嘘はつかないようにする
嘘をつけば信用を失い言葉に価値がなくなってしまうからだ
(おおかみ少年がいい例)

そういう意味で言葉と貨幣はその原理において非常に似ている

貨幣そのものに価値がないように言葉そのものには価値はない
貨幣に価値を担保しているのはそれを発行している機関の信用であり
言葉に価値を担保しているのはそれを発している人間の信用なのである

もっと面白い類似点は
貨幣を発行すればするほどその価値がなくなるように
言葉も尽くせば尽くすほどその価値が失われていく
この類似点は原理的なものから来ているのではなく
あくまで偶然の類似だろう


まあ。

だから何って言われると 特に生産的な結論はないんだけど
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by makitohigo | 2007-09-24 05:04 | コミュニケーションについて

敵と味方

誰の味方とか そういうつもりはないんだ

やめておくれ
ぼかあそんなつもりはないんだから

でも、この世の中はそういうんじゃ許してくれないらしい

常に求めてくる 巻き込んでくる

誰の味方だ どっち派だ どっち側につくんだ と


ほとほとあきれて うんざりして 疲れる


一度 全ての敵になればいいと思った
安易だった

それはあまりに辛すぎた


一度、全ての味方になろうと思った
安直だった

それはあまりに困難だった


一度、ひきこもればいいと思った
迂闊だった

気がついたら外に出ていた


もう どうでもよくなった
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by makitohigo | 2007-08-23 17:51 | コミュニケーションについて

うるさい世の中

自分は夜の静けさが好きだ

落ち着く


ほんと世の中はうるさい
ぎゃあぎゃあ してて ゴミごミしてて
たまに本当にうんざりする

物理的にどうにかなるんだったら
俺は今すぐにでもぶっ飛ばしにいってやるって話だ

そうなんだ

「言葉」なんていう不安定で不完全な道具に頼るから
世の中は雑音にまみれてしまうんだ

まったくつまらないものを掴まされてしまったよ人間は。
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by makitohigo | 2007-08-10 01:55 | コミュニケーションについて

議論

最近自分の周りで様々な議論がある

で 思うのは
何を議論するにしても
「善い、悪い」は関係ない ということと
でもその根底にある哲学は伝わらない ということ


先日言われた
「愚痴っちゃいけないんですか」


虚をつかれた


善い、悪いは君が判断すればいい

ただ俺にわからないのは
いつまでも愚痴ることによって何が生まれるのか
その先に何があるのか
ということであって

主張としては 愚痴るより行動に移した方が生産的なのではないか
ということなんだが

「いけない」って説得しているわけではなくって
君自身がより客観的に判断できるように議論していたつもりだったんだけど

確かに、「愚痴はいけないことだ」という主張にとれなくもないな
と思った


難しい


結局、議論をするといつのまにか正義を押し付けることになる
でも、これを恐れていると言葉を失くす


難しいね
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by makitohigo | 2007-06-18 21:48 | コミュニケーションについて

怒り

暇なバイトだ

なんか書こう

うん

秋も深まりつつある今日このごろ

やはり思うのは

ひごくん短気だねぇ
ってこと

よく言われるのが
怒っても仕方ないだろ

だけど

言わせてもらえば

怒っちゃうんだから仕方ないだろ

てかんじですな

でもね
よく怒りはネガティブにとられることがあるけど
思うに
怒りという感情が生まれるのはとても自然なことであって
なんも悪いことではない
悪いのは
怒りによって我を忘れてしまい
非合理的な手段を行使してしまうことなんじゃないか
ってこと

そんな怒るなよ
って言われると

なんか俺やったか?
って思っちゃう

怒りそのものを否定されても困る
するなら行動を批判していただきたい

まぁ
こんな空虚な正当化を並べたところで
多々怒りに任せてしまう自分がいるわけで

やはり
反省しなきゃな
って思う
秋も深まりつつある今日このごろです
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by makitohigo | 2006-11-07 20:35 | コミュニケーションについて

流動性の罠

さすがにパワプロ少し飽きてきた

いい傾向だぁ

あ で で

前回、何を言いたかったかっていうと・・・

う~ん こうやって改めて書くと 気恥ずかしいね
やめておこう

うん

このブログは閲覧者が一桁という物凄いブログだからね
こんなところでイメージぶっ壊しても意味がない気がするぜ

ってことで
前回の前置きをもっと膨らます作業をしていこうかと こう思います


人が他人を認識する というのは
その他人の「虚像」を自分の中に作る という作業である ということね

そもそも人は他人を全て知ることは無理であるから
知っている情報をもとに自分なりの「虚像」をつくる
他人を認識するというのは、こうのような作業だと 自分は考えているわけだ

じゃあ、その「虚像」は偽者なのか っていうとそうではない
自分の知る限りの情報が自分の世界を構築している限り
その「虚像」=その人 という認識でなんら問題はない

ただ、注意しなければならないのは それが「流動的なものである」ということである
あくまで知る限りの情報で構築したものである限り
情報が増えれば、自ずとその「虚像」も形を変えるはずなのである

ここに落とし穴がある
一定の時間が経つと 人は多くの場合その「虚像」を固定化してしまう
これによって情報と虚像との間にギャップが生まれ齟齬が生まれる

「彼はこういう人間だ」という勝手な思い込みをする
そこに、その認識とは整合しない新しい情報が入り込む
すると人は
「彼がそんなことするはずがない」 と思う
流動的であるはずの「虚像」を絶対としてしまい
情報を否定してしまうのだ

もっとタチが悪くなると
「そんなことしないと思っていたのに。裏切られた。」 となる
相手はこれっぽっちも変わっていないのに
自分自身の認識が不足していただけにも関わらず
それを相手のせいにしてしまい
罪を被せ そして憤る

いかにも見当違いな考えである

例え、その彼があるキャラクターを装っていたとしても
そして、彼の本質が違うところにあったとしても
それについて非難することはできないはずである

そもそもキャラクターを装う、仮面を被るというとネガティブな印象を与えるが
時と場合、TPOによって、態度を変えるということは
社会生活を営む上でごく自然な行為なのである

であるから
「裏切られた」のではなく「新しい一面を知った」のである
彼の本質は変わっていないし
騙そうと思って騙していたわけではない
あくまで「違う一面を持っていた」に過ぎないのである

それは否定することでも、憤怒することでもないはずである
受け入れてしかるべきものなのではないだろうか

であるならば
人を認識するにあたって
常に柔軟に構え、流動的に物事を受け入れていくべきなのではないか

こう考えるのであります
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by makitohigo | 2006-10-14 02:15 | コミュニケーションについて

こんなことを書いてしまうと
いままで皆様がせっせと築きあげた肥後像を壊してしまうかもしれない

しかし いや だからこそ 書こうとおもう

いかに自分が強情でかたくなまでのひねくれものであったとしても
否定し難い事実までも否定することはできる事ではないからだ

それに、皆様がせっせと築き上げた肥後像というものは
あくまで皆様の脳みその中に作り上げた私の虚像でしかなく
また
このブログを読んでいるということは
少なからず、その虚像を実像に近づけようという意図があるはずであるから

ここにおいて
私がこのブログにおいてどうしても否定しがたい事実を語ることによって
皆様が今までせっせと築き上げた肥後像を改変するということに
一定の整合性が求められるのではないだろうか


前置きが長くなりました
さて 本題に入るとしよう



やべ

時間切れだ


よし
今度書くとしよう
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by makitohigo | 2006-10-12 02:58 | コミュニケーションについて